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2015年12月30日 (水)

12/30のNHK歴史秘話ヒストリアは特別篇、あの名言にはウラがある!?~ヒストリア書房の迷える人々~でした。

この番組の前の短い番組紹介で、清水富美加さんが好きな名言として、、、

「ギターをマジで愛してるなら、指から血が出るまで弾き続けろ!」

というザック・ワイルド(オジー・オズボーンのバンドのギタリストとして有名。ぐるぐるギターも)の言葉を紹介。なんでやねん(笑)。清水さんいつも面白いな。

「ザックワイルド ギター」の画像検索結果

で本編。笹野高史さん(テツゲン)と鈴木ちなみさん(シオリ)が出演の古書店を舞台にした特別篇。

epsode1.火の無いところにも煙が立つ。大炎上について、、、

マリーアントワネット。パンがなければお菓子を食べればいいのに、といって大炎上したといわれている。

しかし、、、これがデマだったとしたら?

「パンがなければブリオッシュを食べればいいのに」

フランス王妃、マリーアントワネットが言ったといわれている。

フランス革命の前、フランス市民は殺気立っていた。小麦が不作でパンの値段が高騰していたため、空腹だった。

庶民の不満は爆発寸前。

ある本にひどいことが書いてあった。農民からパンがないことを言われた王妃は、パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない、と言った、と書いてある。

ブリオッシュのほうが高価。この発言はたちまち大炎上。フランス革命のきっかけとなった。

でもこれはデマだった。

書いてあった本とは、ジャン・ジャック・ルソーの自伝、告白だった。たしかにあの言葉が書かれている。

ワインを飲むとき、私はパンをつまみたくなる。どうにもそれが見つからないとき、ある王妃が

そういうことを言ったと聞いた。それでブリオッシュをつまみにしてとてもおいしかった、と。

フランス革命の30年前。まだマリーは少女の時代。

ルソーは全く別人のことを書いていた。

しかしマリーの評判が非常に悪かったので、あれを言ったのはマリーだ、と広まった。あいつならそういうことを言いそうだ、と。

しかし近年の研究で、実はマリーは誠実だとわかってきた。

オーストリアのウィーン。実家にあてて書いた手紙が残っている。母親に出した手紙には、不幸な暮らしをしながら私たちに尽くしてくれる人を見たならば、これまで以上に身を粉にして働かなければ、などと書かれている。豪華な衣装を売り、宮廷行事の簡略化することもやっていたのだった。

しかし民衆を止めることができなかった。裁判にかけられ、死刑判決を受ける。断頭台で、命を落とした。最後の手紙には、私には何の罪もない、堂々と刑を受ける、と書かれていた。最後のその時まで毅然としていた。断頭台に向かうとき、支えようとした人間に、結構です。ありがたいことにあそこまで行く力はあると思います。と答えた。

episode2. よく学び、よくまねろ。パクリ疑惑の真相、、、

武田信玄。風林火山。

はやきこと風の如く、しずかなること林の如く。

でも続きがある。風林火山 陰雷。

戦国時代。乱世のエンブレム。それが旗印。

一般的なのは家紋。家の象徴である家紋は団結のあかしとして掲げられた。

次に多かったのはお経から取った言葉。上杉や徳川など。

中には尊敬する武士や無、という自分のモットーを書いたものもあった。

そんな中、武田信玄は異色の旗印を使っていた。

山梨県の雲峰寺に残っている。

はやきこと風の如く、

しずかなること林の如く、

侵掠すること火の如く

動かざること山のごとし。

この名言のもとは孫子。孫子の一節を引用していた。

しかしこの先には続きがある。

陰と雷。

知りがたきこと陰の如く。

動くこと雷霆の如し。

実は6つでワンセットだった。なぜこの2つを旗に書かなかった?

実は奥の手として隠そうとしていたかも。信玄の直筆の書状が残っていた。

戦国武将が自分で直筆するのは異例だった。

内容は、上杉を偵察するように、という信玄の指示。敵に自分の動きをつかませないための工夫だった。指示を出したこと自体を隠したい。つまり陰。

そして来月出陣するが、味方の城の修築に行くと噂を流せ、とも。偽情報を流した。

そして電撃的な奇襲を仕掛けた。まさしく雷。

孫子を家臣たちと日々研究していた信玄。あえて陰と雷を隠していたのかも。

信玄はパクリというわけではなくて、旗は孫子の旗と呼んでいた。リスペクトしていた。

新選組の羽織も赤穂浪士の羽織をまねた、と言われている。これもリスペクト。

episode3.努力は発明の父。ひらめきと努力の名言登場。

トーマス・エジソン。天才とは1%のひらめきと99%の努力である。

しかしその名言、1%のひらめきこそが大切だ、という意味だとしたら?

蓄音機。映画専用スタジオ。そして白熱電球。

現代の魔術師の異名をとっていた。

そして天才とは1%のひらめきと99%の努力である、とよく言っていた。

努力することがいかに必要か、という意味なのか?

いや違う。晩年に、

1%のひらめきこそ大切だ、と言いたかった。

どうやって発明品を作っていた?助手たちと一緒に研究していたエジソン。

これをつくる、と宣言し、ひらめきのままにスケッチをし、助手たちが動き始める。

日本人もいた。製図担当。スケッチを基に精密な製図をする。

材料工学専門の助手もいた。そして腕利きの職人が完成させた。

エジソンのアイデアは周りの助手たちの努力で実現された。発明品はチームプレーで生み出されたもの。ものづくりはイギリスから来た人のほうが優れていた。発明に専念した。

エジソン研究所を作った。その中は巨大な工場。5000人ものエンジニアと加工機械があった。

ひらめきを多くの人が膨大な努力をしていた。

1%のとっても大切なひらめきがなければ、99%の努力も無駄になってしまう。

岡部芳郎という人がそのエジソンの助手だった。

エジソンのタイムカードは残業で一杯だったと記している。1日18時間も働いた。

白熱電球を描いたメモも残っている。ティッシュペーパーややしなど、いろいろなものがスケッチされている。

私は失敗などしていない、ただうまくいかない方法を1万通り発見しただけだ、という言葉も残している。

さらに、

私たちの最大の弱点はあきらめることにある。

成功するのに最も確実な方法は、常に、もう一回だけ試してみることだ、とも。

ヘレンケラーが言った言葉、

世の中はつらいことで一杯ですが、それに打ち勝つことも満ち溢れている。

を最後に紹介。

 

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