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2016年1月17日 (日)

1/17のNHKスペシャル”震度7 何が生死を分けたのか~埋もれたデータ 21年目の真実~ ”を観てました。阪神・淡路大震災の解析。速記メモ。

21年前の今日、女性はこの場所の光景を今も鮮明に覚えている。
あの日の夜、撮影された映像。路上に並んだふとん。亡くなった人たちが安置されていた。
女性の両親も、、、
あの日は忘れない、という。とめどもなく涙が出た。
阪神・淡路大震災。
一人ひとりがどのようになくなったのか?その詳細はわかっていなかった。
実は、地震直後に作成されていた記録があった。死体検案書だ。
死因、亡くなった場所、死亡時刻を医師が詳細に記録していた。
この検案書を5036人分、今回入手した。
死亡時刻を見ると、直後の死を逃れ、生きていた人が数多くいた。
助けを待っていた人たち。救えなかったのか?最新の技術で検証した。
当日なくなった5036人の死んだ時刻が地図上に、、、、
一時間後、900人以上が生きていた。
原因不明の火災が襲う。
でも5時間後、なお500人が生きていた。
大渋滞が救助を阻んだ。
浮かび上がった命を守るための課題。次の大地震に向けた対策が見えてきた。
とここまでがイントロ。ナレーションは役所広司さん。
150万人が暮らす、港町神戸。
人々は今も震災の記憶とともに生きている。
平成7年1月17日。
午前5時46分。多くの人が眠っている時間。震度7の激しい揺れが襲う。
6432人が亡くなった。。。
NHKでは亡くなった人の検案書のリスト。5036人の記録を手に入れた。
リストを基に作成した、亡くなった場所を示すグラフ。
神戸市とその周辺を見る。
長田区。東灘区。震度7を記録した場所に犠牲者が集中している。
時間の経過に合わせた分析が可能になった。
青が生存者、赤が死亡、、、命が次々と失われていく。。。
さらに消防の記録も手に入れた。航空写真も。
これらのデータを検案書の記録と組み合わせて分析。
可視化した。
44万棟の建物被害のデータ、205件の火災の記録、道路のデータ、救助隊の動きなどを重ねた。
地震発生後、NHKのカメラがとらえた最初の映像が流れる。
まだ暗い中、がれきの中に人がいないか探す姿が映っていた。
発生からの1時間、3842人が亡くなった。
建物の被害を表すデータと重ねると、多くの人が全壊のところでなくなっていた。
死因で多いのは圧迫死だった。しかしもっとよく見てみると、
圧死は8%、61%は窒息死だった。地震からある程度、生きていた可能性がある。
その死は古くからの住宅街、神戸市東灘区で多かった。
野原久美子さんが取材に応じてくれた。両親を亡くした。
今後の教訓にしてほしいと語ってくれた。
直接死因、窒息死と書かれていた。
両親は築50年の木造住宅に住んでいた。近所の人は、お母さんが助けて、と叫んでいたと言っていた。
なぜ窒息死が起きる?
当時の死因を調べた医師、西村明儒教授(徳島大学)が語ってくれる。
肋骨も折れてないし、内臓も大丈夫。
体の一部が白く変色していた。口や鼻がふさがれた後はなかった。
横隔膜で胸が動くことで呼吸が起きる。しかしそれが柱などでふさがれると外傷性窒息が起きる。骨が折れないような圧迫でも息ができなくなる。
足に当たればケガで済む場合でも、胸や腹なら窒息死が生じる。
高齢者が多い一方、20代も160人が亡くなっている。
大学が多い地域に集中している。
古い木造の建物が倒壊していた。
森わたるさんも亡くなった一人。親に負担をかけまいと、安い木造アパートを一人暮らしに選んだ。それが、、、
窒息死を防ぐ方法、それは建物の耐震化しかない。
震度6強の揺れで倒壊する恐れのある住宅は全国で900万棟以上。
そして地震発生から1時間。
911人が生存していた。
この人たちを襲ったのが火災。
205件の火災が起きた。
時間ごとに分析すると、
113件が直後に起きたが、1時間後にまた92件発生。
長田区の当時の状況。4時間後に突然火災が起きた。
藪下朝子さんがこの火災に巻き込まれた。
隣に住んでいた女性が助けを求める声を聴いていた。どうすることもできなかった。
妹が駆け付けたが、骨しか残っていなかった、、、
1時間後以降に発生した火災で85人が亡くなった。
神戸市消防局に記録が残っている。
停電後、一時通電され、その直後に煙がでた。
当時、ある原因が疑われた。
電気が復旧したあと、、電気器具から火災が起きる通電火災。
でも消防は原因不明とした。すべてが燃えてしまって特定できなかったから。
しかし、、、
山梨大学の秦 康範准教授がデータを持っていた。
停電からの復旧時間データを見ると?
昼過ぎまでに多くの場所が復旧した。
そしてデータを重ね合わせる。東京理科大の関澤愛教授にも協力してもらった。
通電から2時間以内の火災は通電火災の疑いが強い。
10分の間に次々火災が発生。9件。
神戸の中心部でも通電後、すぐに出火、西側の地域でも6件の火災が起きた。
大正筋商店街も通電後に出火していた。
39件が通電火災の疑いが強い。
また神戸市消防局。
地震が起きた後を想定した実験。
電気ストーブには安全装置がついている。しかし机などの家具に押されて働かないケースを考えた。発熱し、、、6分後に服から出火。12分後には天井にまで火が。
対策として有効なのは感震ブレーカー。
揺れがあるとブレーカーを落とす。
3000円程度のものもある。しかし普及率は6%しかない。
首都直下地震でも1万6000人が火災で死者が出ると考えられている。
東大の加藤孝明准教授も耐震ブレーカーを勧めている。
地震から5時間後、、、、
生存者は477人もいた。
救助の手は圧倒的に不足していた。
午前10時、全国の消防に応援を兵庫県が要請。
しかし問題が。
小さな異変から起きた渋滞が救助を阻んでいた。
三重 伊賀。救助に向かった人がいる。東庸介さん。東灘区。
午後2時に出発。大阪の中心部を3時すぎ。国道2号線から東灘へ向かう。
通常なら1時間。しかし全く動かなくなった。渋滞だ。
原因はなんだったのか?
国土地理院の航空写真を見る。
170枚をつなぎ合わせる。
国道2号線まわりは午後3時、多くの人が生きていた。東灘区だけで150人。
片側二車線が車で埋まっていた。
先頭までの距離は18㎞。
先頭は?
何があった?
実は橋げたがずれ、30cmほどの段差ができていた。
車は段差が小さい歩道に向かうが、渋滞は緩和されなかった。
人々の行動も悪化させた。
車の多くが一般の乗用車。
当日、なぜ車を使ったのか?
家族や友人の安否確認の車が多くいた。
東灘消防署の花山昇さんがメモを残している。助けられなかった人には×が、、、
人殺しと言われたこともある、、、
国道2号線で苦肉の対応が。警察が誘導し、消防車は反対車線を走った。通常の5倍以上の時間がかかった。
命が次々と奪われ、、、午後8時半にはほとんどの人が亡くなった。
渋滞への対策は様々に進められてきた。
いち早く復旧させる訓練を国土交通省が行っている。
警察では緊急道路も指定し、一般車両の通行規制もすることにした。
名古屋大の廣井悠准教授はそれでもまだリスクがあるという。
東日本大震災で起きた渋滞。安否確認の車の渋滞が依然として多い。
帰宅困難者が道路にあふれるのも問題。
首都圏で起きればとんでもない渋滞になりうる。
また神戸。
慰霊と復興のモニュメント。
姉の朝子さんに花を手向ける。

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