« 徳川美術館の特別展”尾張徳川家の雛まつり”を観てきた。これはすごいぞ。超お金がかかったミニチュア道具。リカちゃんのをはるかに精密にしたような。 | トップページ | 3/30のビーバップハイヒールは”今アツい!ニッポン観光列車 ~車窓から見るヒト・街・モノ~”でした。速記メモ。 »

2017年3月30日 (木)

辛坊治郎さんのヨット遭難の真相を放映してる(生死を分けたその瞬間 体感!奇跡のリアルタイム)。速記メモ。半ケツは紙パンツだそうだ。

すまたんでも紹介されていた番組を今見てる。

でも辛坊さんの事故の前に、飛行機事故のお話。
---
近年、飛行機事故の奇跡が2つあった。1つはハドソン川の奇跡。もう一つは2011年ポーランドでのB767の胴体着陸。車輪が1個も出ずに着陸したという。231名の乗客が乗っていた。
機長はタデウシュ・ヴロナ。油圧が大幅に下がっていたのを副機長が発見。離陸後30分後に残り10%になっていた。管制塔に連絡した。管制塔からは非常用の電動システムがあるからこのまま進めという指示。そして8時間飛行。
ワルシャワへ着陸しようとすると、車輪を降ろす動作に手ごたえがない。
電動システムも作動しなかった。着陸時に車輪が出ないということを意味する。
ワルシャワ空港の南側上空を飛ぶ許可を管制塔にもらった。そこを旋回し時間稼ぎをしようとした。機長は1つの方法を思いついた。
重力を使って車輪を出すこと。急降下急上昇で車輪を出すというものだ。揺れは大きいがチープパーサーに乗客を安心させるよう指示した。
しかし車輪はでなかった。
最後の可能性、、、ランプ自体が故障している可能性はないのか?コクピットからも地上からも車輪は見えない。そこで、軍の戦闘機を並列飛行させてくれと機長は管制塔に頼む。
許可が出た。F16戦闘機がスクランブル発進。確認すると、車輪は1つも出ていなかった。
さらに燃料がわずかしか残っていなかった。
絶対に取りたくない手段だが、胴体着陸するしかない。
130トンの飛行機が車輪無しで胴体着陸するのだ。
機長は滑走路に難燃剤を撒いてもらった。
過去、5055便がワルシャワ郊外に墜落し、乗客172人、乗員11人が亡くなった事故があった。それをみんなが思い起こした。そして客席は大パニック。
なぜ機長は乗客に知らせたか?
地上に着いた後のことを先に考えていた。後でわかるとさらにパニックになるため。
そして問題は、
①車輪が出ないため、着地の衝撃をダイレクトに受ける。
②エンジンから出火し、大火災の可能性がある。
ということ。
機長にミスは許されない。
しかも難燃剤の泡が消えかかっていた。パニックを収めるのに時間がかかった。
まきなおすと15分はかかる。そんなに燃料が残っていない。
客席は静まり返る。
そして、、、着陸成功。これはすごいな。
しかし、最も恐れていたことが起きる。右エンジンから火災が起きたのだ。
乗客は慌てずに避難できた。
それは事前にチーフパーサーに客室のすべての権限を機長が与えていたから。コックピットの指示を待たずに避難させてくれと。
後日、機長とクルーは勲章をもらったという。
---
次は間一髪すれすれSHOW。
・バイク整備をしている父親の後ろに子供が。突然車が突っ込んできた。
すれすれで父親が助けた。こわっ!
・スケボーで階段の手すりをすべって道に出て、車にひかれかける。
・カナダ。トラックの前方に横からトレーラーが!でもよけた。
・ロシアの雪道。また横からトラックが。
・ドローンで撮影していると、ドローンが落下、、、水面すれすれで捕まえた。
・イタリアでのレース。観客席に突っ込んだ。
---
そしてようやく辛坊さんの海難事故。
4年前の6月21日。
辛坊さんの救出後の記者会見が行われた。
一部始終を記録した4台のカメラがあり、SDカードを持ち帰っていた。
沈没と戦う2人の男と、その無力さが記録されていた。
右舷衝突浸水。沈没間違いなし、という言葉が記録されていた。
---
2013年6月16日。福島県から出発したのは辛坊さんと、盲目のヨットマン岩本さん。
旅の始まりは順調だった。
カメラにもその様子が映っている。
ブラインドセーリングによる太平洋横断という競技。視覚障害者がみえる人と一緒に行う競技だ。岩本さんはすでに有名なブラインドセイラ―だった。
ヨット歴40年の辛坊さん。キャスターの仕事を休んで挑戦。
サンディエゴまで、約9000㎞を55日で横断する。
記録が残っている。お昼は具材たっぷり麺。船内は平和だった。
乗り込むエオラス号は、間寛平のアースマラソンでも使われたヨット。
4台のカメラが設置された。船尾の俯瞰、コックピット後方、右側前方、船内だ。
丸二日間で307.4マイルとかなりのスピードが出ていた。
しかしヨット生活は過酷。波や風で休む暇もない。風呂もシャワーも浴びている暇がない。
洗髪は雨天のみ。想像以上に揺れるのでバランスをとるのも大変。
打撲は日常茶飯事。
ウォッチという監視作業が大変。24時間体制で監視する。岩本さんは盲目のため、辛坊一人でやる。レーダーで24キロ圏内に障害物がないことを確認してから仮眠する。
航海を続ける理由があった。
東日本大震災で傷ついた人々を勇気づける。福島から出発したのもそのため。
睡眠不足には苦しんだが、大きなトラブルはなかった。
しかし6月21日。
日本を離れ6日目。日本から1200㎞ほど離れた地点。
びっくりするくらい順調だという辛坊さん。
朝食はコーヒーと目玉焼き。いつもの朝だった。ここまでは、、、
辛坊はレーダーをチェック。24㎞以内に障害物はない。仮眠をとっていた。
すると、、、突然揺れる。
何か当たったって感じでもないよね、と最初はのんき。
波だろう、と言っていた。
しかし、実はこのとき船の底ではとんでもないことが。
後方からのカメラでは、黒い物体が近づいてくるのがみえていた。
それに乗り上げた。右側を何かが通過していった。
でも船内では2人は仮眠中。
その15分後、岩本さんが何かに気づく。
聴覚が優れている岩本さんには、水の音が聞こえていた。そんなはずは、、、
ここから会話。
ここは船内だぞ、、、
あ、水が、入ってきてる。
どこ?
さっきぶつかって穴が開いた。
浸水だ。すでに船内は水浸し。
何か穴空いたな。
どこから入ってんだろ。
浸水し始めてるね。
ビルジポンプ回して(排水装置)。
(半ケツの辛坊さん。これが紙パンツらしい。すまたんで言っていた。)
浸水のスピードが速すぎて排水が追い付かない。
冷静を装う辛坊さん。
プロジェクト事務局に連絡を入れる。比企さんが受けた。
「もしもし!
右舷衝突で浸水。
ビルジで排水できる量じゃない。
沈没間違いない。ライフラフトを出す」
ライフラフトとは救命ボート。
船を捨てることを決意した。
事務局から海上自衛隊に救助要請が出た。
でもあの黒い影は?クジラだって。
かゆみをとるために岩や船に体をこすりつける習性があるそうだ。
ケープタウンでも大きな事故があった。
(また半ケツ、、、)
ライフラフトを取り出し、、、でも辛坊さんは致命的なミスをしていた。
投げ込む前に船体にロープで括り付けておかないといけないが、緊急事態で
動揺したのか、ロープを手に握ったまま海に投げ入れた。
するとライフラフトが激しく流される。手の中からロープがすり抜けていく。
ここで失えば2人とも助からない。その時、、結び目に指がかかり、かろうじてつなぎとめた。波が高く、しかしくくりつけられない。
岩本さんが辛坊さんの声のトーンでパニックになっていることが分かった。
岩本さんは落ち着かせようとした。
ヨットの帆を緩め、速度が落ちてようやく船に固定することができた。
後は可能な限り生きるためのものを運び込むだけ。
危機的状況の中でも、辛坊はジャーナリストだった。
記録を残す、という。SDカードを引き抜いた。映像はここで途切れている。
2人はライフラフトへ。そのあとエオラス号は沈没した。GPSで場所を確認、衛星電話で連絡を取った。
正確な場所を事務局に連絡。それを海上自衛隊に伝える。
救難飛行艇が出発した。
海上自衛隊の救難飛行艇US-2だ。
3mの高波でも着水できる、世界最高峰の飛行艇。
だが、2人がいるのは1200㎞も離れた場所。
ボートに乗り込んで1時間。大量の海水が入り込み、それを排水していた。
しかもある大きなミスをしていた。逃げる前に、
洋服はいいか?寒くなるんで、と言った岩本さんに、辛坊さんはそれより早く逃げようといった。
そのため、ものすごく寒くなる。体温が奪われていく。
遭難から6時間30分がたっていた。
絶対に助かりますから、とお互いを励まし続ける。
その時、音がした。飛行艇の音だ。
だが、救助に来ない。
なぜ降りてこない?3mを超える波を越えていたのだ。
1時間探すが降りられない。燃料がもう限界。
なんと燃料切れで引き返してしまった。(これは知らなかった!)
岩本さんが巻き込んでしまってすまない、という。
辛坊さんは自分で決めてきたんだからそんなこと言わないでくださいという。
遭難から10時間。
もはや体力の限界。その時2機目のUS-2が近くまで来ていた。
なぜか機長は仮名(なんでかな?)
しかし漂流地点にライフラフトが見当たらない。
最初の発見場所から流されていた。
隊員たちが場所を割り出そうとする。
すると、、、発見した。
発煙筒投下。
しかし波は依然激しい。着水できる海面をあきらめずに探す。
波が落ち着いてきた。この時を待っていた。着水のマニュアルでは上空からレーダーで着水ポイントを決定。低空飛行で着水ポイントを目視、ずれがないことを確認して、上昇して再びレーダーで着水ポイントを決定して着水。
しかし、、、もうこれ以上時間をかけていられないという機長。このまま着水する。
着水成功!
300m位置が離れていた。
しかし救助完了。
夏至で日没時間が長かったためもあり、奇蹟の救助となった。
お名前を教えてくれませんか?と機長へ言ったが、
いや、自分個人の名前は教えられない。
では皆さんの所属しているチームを教えてください。
第71航空隊です。
といってワッペンを渡された。
記者会見の時に持っていたのはそのワッペン。
この国の国民でよかったな、という言葉は自然に出た。
岩本さんも生かされているだけで幸せだという。

« 徳川美術館の特別展”尾張徳川家の雛まつり”を観てきた。これはすごいぞ。超お金がかかったミニチュア道具。リカちゃんのをはるかに精密にしたような。 | トップページ | 3/30のビーバップハイヒールは”今アツい!ニッポン観光列車 ~車窓から見るヒト・街・モノ~”でした。速記メモ。 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/512682/65086551

この記事へのトラックバック一覧です: 辛坊治郎さんのヨット遭難の真相を放映してる(生死を分けたその瞬間 体感!奇跡のリアルタイム)。速記メモ。半ケツは紙パンツだそうだ。:

« 徳川美術館の特別展”尾張徳川家の雛まつり”を観てきた。これはすごいぞ。超お金がかかったミニチュア道具。リカちゃんのをはるかに精密にしたような。 | トップページ | 3/30のビーバップハイヒールは”今アツい!ニッポン観光列車 ~車窓から見るヒト・街・モノ~”でした。速記メモ。 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
フォト
無料ブログはココログ