チューリングと言えば、私にはチューリングパターンとか、、、
https://mathematica.stackexchange.com/questions/199577/turing-patterns

暗号機エニグマを破ったBombeとか、、、
https://www.cryptomuseum.com/crypto/bombe/
http://www.mlb.co.jp/linux/science/genigma/enigma-referat/node6.html

で有名、、、いや一般にはチューリングテストと
https://www.ai-gakkai.or.jp/whatsai/AItopics3.html
チューリングマシンか。
http://kitchom.ed.oita-u.ac.jp/jyo/proh09/mkiribu/kaisetu.html
とにかくいろんな業績がある。今回は人工知能との関りか。では速記メモ。
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2017年、人工知能に関するあるニュースが出た。アメリカで、2つの人工知能が人間には理解できない言語で会話し始めたのだ。
人工知能、AI。今や機械は自ら学習し、進化し始めている。
こうした動きを70年前に予測した男がいる。
我々が求めているのは経験から学習する機械だ、と1947年に発言した。
しかし、第二次世界大戦での秘密作戦への参加が彼に影を落とす。暗号機、エニグマ。
ドイツ語で謎を意味する。解読は絶対に不可能だとされた。
それを打ち破るBombeの開発を行ったが、、、それはトップシークレットであり、業績は隠された。
機密を他言した場合は殺される。。。そのためにチューリングは悲劇に見舞われる。
41歳で謎の死を遂げる。
・・・とここまでがイントロ。
ホモ・サピエンス、賢いヒト。自分自身をこう名付けた人間。
言葉を操り、論理的に・抽象的に考える知能が優れているからだと。
今回の特集は数学者、アラン・チューリング。
第一章 不可能に挑んだ天才数学者
1912年、ロンドンに生まれたチューリングは孤独だった。インドに両親が赴任し、知人の家に預けられた。
幼いころから数字に興味を持った。街灯の番号を読み上げるなど。
10歳のころ、ある1冊の本、自然の不思議というものをよんで、脳に興味を持った。
伝記を書いたアンドルー・ホッジスさんは語る。人間も機械で、脳も機械的に説明できる、ということが書いてあった。
そして男子校に入学。科学の話しかしないで変わりものとされた。床下に閉じ込められるなど陰湿ないじめも。
あるとき、1年上の先輩、クリストファー・モーコムという秀才が声をかけた。難解な科学の話も真剣に来てくれた。
2人はともに、ケンブリッジ大学の進学を目指すことになる。チューリングの恋愛感情の目覚めでもあった。
17歳のチューリングはモーコムとケンブリッジを訪れている。しかし、、、モーコムは18歳で結核でなくなってしまう。
母親に当てた手紙では、モーコム以外とは友達になることはないだろう、モーコムにまたきっとどこかで会える、と書いて送った。
モーコムの心は生きている、と思いたかった。心というものを知りたかった。
それが彼の研究の原動力となる。
1931年、ケンブリッジ大学へ進学した。マクスウェル・ニューマンの講義をうけ、チューリングはある言葉と出会う。
人間が行う数学の計算はいずれ全て機械がこなせるようになる。
当時、計算機と言えば特定の計算しかできなかった。四則演算を行うもの、微分解析機、人間のように様々なことはできなかった。
完璧な計算機を作れないか?
チューリングは全く新しい概念にたどり着く。
足し算や引き算を数字に置き換えられないか?あらゆる計算方法が数字に置き換えられれば?
それはソフトウェアの概念そのもの。
この方法を発展させ、あらゆる活動を数字で置き換えれば機械で実行できるに違いない。
万能チューリング・マシンと言われるものを編み出した。
1936年、論文はゲーデルやノイマンに驚きを持って迎えられたが、、、彼らを除くと理解できなかった。
ジャック・コープランドさんは語る。
1つの機械があらゆる仕事をこなすアイデアは驚異的だったが、、、ある意味気味の悪い概念だった。
しかし実際に処理するハードはなかった。
1939年、第二次世界大戦が勃発。暗号機エニグマを使うドイツ軍に、イギリスはなすすべもなかった。
チャーチルはエニグマの解読を命じた。
政府暗号学校にチューリングはヘッドハンティングされた。
トム・ブリッジスさんがエニグマの説明を行う。配線と歯車で設定が変わる。キーを押すと違う文字が点灯し、暗号化される。
配線と歯車の設定は膨大で、さらに毎日設定を変えていた。
暗号解読には若手の優秀な数学者が集められていたが、チューリングはエキセントリックな性格で知られていた。
自分よりも知的レベルが下の人間とは付き合わない、花粉症でガスマスクをつけてサイクリングしたとか。
人海戦術で解読はできたが1週間もかかっていた。その時はもう攻撃は終わっていた。
役に立たなかった暗号文を解読すると、決まり文句を使っていることが分かった。
天候、WETTERと気象情報を暗号化して送っていた。
どの部分がWETTERなのかを人間が手作業で探す。必ず違う文字に変換されるため、どの文字とも一致しない箇所を探す。
それが見つかれば、その設定を突き止める。
しかし、これは大変な作業。設定には天文学的なパターンがあった。
そこで新たな機械を考案する。
暗号解読機ボンブ。36個のエニグマを同時に稼働させるもの。歯車を高速で回転させ、組み合わせを試す。
1940年8月には1時間で解読できるようになった。
翌年、Uボートの暗号解読にも成功した。
だがチューリングは、コンピュータ実現に向けた本来の研究は中断することに。
第二章 封印された暗号解読。
ようやくエニグマの解読に成功したイギリスだが、その事実はウルトラシークレットだった。
ドイツに知られると解読不能になる可能性がある。そこで偽装作戦を実行した。
わざわざ偵察機がUボートを偶然発見したかのようにしたり、レーダを開発したと嘘の情報を流した。
攻撃のアリバイを作るために、偵察機が来るまで攻撃できなかったり、損害は大きかった。
ボンベを改良し、イギリスはコロッサスを開発した。2400本の真空管を使ったもの。
1944年のノルマンディー上陸作戦の成功もこのおかげ。
1945年5月7日 ナチスドイツは無条件降伏した。
しかし、その極秘作戦について語ることは禁止された。暗号解読者は金の卵を産んでも決して鳴かないガチョウたち、とチャーチルは語った。
旧植民地に解読できないとしてエニグマを配るイギリス。そして各国の内情をつかんでいた。
戦後もチューリングの業績は隠されたままだった。家族にも語ることは許されなかった。
世界で初めてソフトウェアの論文を発表して8年あまり。
「戦争は科学を発展させる」とはよく聞く。確かに資金が投入され、技術が発展することはある。
しかし本当にそうだろうか?本来、科学の成果は公開するもの。それで検証され、修正し、発展する。
軍事研究はそうではない。トップシークレットだ。
第三章 見果てぬ夢 人工知能
1945年6月。ある男が訪ねてきた。国立物理学研究所のトップ、ジョン・ウォームスリーだ。
チューリングの才能を評価していた彼は、コンピュータを作るチャンスを与える、と言った。
脳を作るぞ、と知人に語っていた。
世界で初めてのコンピュータ、エースを設計した。
https://www.i-programmer.info/history/9-machines/11-an-ace-of-a-machine.html
ハードウェアをなるべくシンプルにして、ソフトウェアで補うというもの。
当時最先端の電子工学を利用していた(ってやっぱり真空管の回路図だった)。
ところが、実際に作り上げる段階で開発は難航する。
インフラの復興に技術者の手を取られていたのだ。設計思想にも批判がでる。ハードウェアを大きくすればいいと。
困難な問題を思考ではなく、多くの装置で実現しようとするのはスマートではないと答える。
レベルを下げてパイロット版を作ろうと同僚は言うが、それも拒否。
低レベルの試作機など時間の無駄だと言った。チームプレイヤーではなかった。。。
どうしてもハイスペックのコンピュータが欲しかったのだ。
1947年、学会で人工知能宣言を行う。
我々が求めているのは経験から学習する機械だ、と。
知能機械と題した論文を発表した。人工的なニューロンのネットワークを機械に構築するというもの。
ニューロンどうしが接続と解除を繰り返すことに着目した。
この現象を再現できれば、人間の脳を作れるはずだ、と。
現在、この研究は巨額な資金で進められているが、1948年に思いついていた。
しかし論文を読んだ上司は、まるで小学生の作文だと、、、
1948年6月、マンチェスター大学でベビーという、世界初のコンピュータが動き出した。チューリングの講義を受けたものたちが作ったものだった。
https://en.wikipedia.org/wiki/Manchester_Baby
すぐさまマンチェスター大学に移籍。
ある考えを発表する。
チューリングテストという機械の知能を測るものだ。機械か人間かわからない状態で質問者が質問し、機械を人間と判断した場合、人間と同じ知能だと言えるのではないかと。
1952年、事件は起きた。
チューリングが逮捕された。イギリスでは当時、同性愛は犯罪とされていた。裁判の結果は有罪。
12か月の保護観察処分が言い渡され、精神科に通わされ、女性ホルモンの投与をされ、乳房が膨らみ、性的能力をなくされた。
研究の第一線からも退かざるを得なくなった。
1954年、チューリングがベッドに倒れている姿で発見された。青酸カリが付着した齧りかけのリンゴがあった。
自殺と判断された。享年、41歳。
知能は人間の頭の中にあるのではない、アウトプットがすべてだ、というチューリングの考え。
知能に関する概念を覆すものだった。
1956年、ダートマス大学に研究者10名が集まり、人工知能AIについての議論を行った。AIという言葉が初めて出た。
それから18年たった、1974年、Ultra secretという本をイギリス陸軍の大佐が書いた。そこで初めてチューリングの情報が開示された。
ようやくコンピュータ科学の始祖として認められた。
現在、チューリングが目指した機械は急速に実現していっている。
開発者でも内部で何が起きているかわからないという。
2045年、シンギュラリティが起きるという予測もある。
2017年2月、日本人工知能学会が倫理指針を発表した。安全性、社会に対する責任、人工知能自身への倫理順守の要請も。
http://ai-elsi.org/wp-content/uploads/2017/02/%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%9F%A5%E8%83%BD%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E5%80%AB%E7%90%86%E6%8C%87%E9%87%9D.pdf
なくなる3年前に残した言葉:
機械が思考する方法をひとたび確立したならばわれらのごときひ弱な力はたちまち握りつぶされる。
機械が実権を握ることになる。
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